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神田裕行の創造性と 職人としての原点を紐解く

1963年、徳島県の料亭を営む家に長男として生まれた神田裕行さん。高校卒業後に大阪の割烹で5年間修行し、渡仏。パリの日本料理店で5年間料理長を務めました。帰国後は徳島の名料亭「青柳」、東京・赤坂の「basara」を経て、2004年に独立。現在、虎ノ門ヒルズ「日本料理 かんだ」のオーナーシェフとして腕を振るっています。和食の王道を貫きながら独創的な一皿を生み出す神田さんが関心を寄せる対象と眼差しを追いました。


神田裕行

「日本にもある食材でも味わいが違う」

一流料理人が感化されたパリの食材

『ミシュランガイド東京』で、三ツ星を連続で獲得し続けている「日本料理 かんだ」は、ミニマルで洗練された空間。料理人の目が行き届くこの店に紙のメニューはなく、その日に訪れたゲストに応じ、あうんの呼吸で料理とお酒を出していきます。


保守的な印象が強い日本料理の世界ですが、神田さんは、料理に時代性を反映することや、海外の人にも提供できる適応力は必要だと言い切ります。


修行の場も日本に固執せず、23歳でパリに向かっています。「この頃、日本料理は海外の食材を取り入れ、海外の調理技術を吸収するべきだと考えていました。それなら情報が来るのを待つより、自分が直接行って学んだ方が早いだろうと考えたのです。」

素材の力を重視する神田さんが、パリで感化されたものも食材でした。「日本にもあるような野菜や魚でも、食材の味わいは大きく異なるものだったのです。店で使う食材は、全て見直すことにしました。そしてフランスの海や山、畑といったさまざまな産地に出向き、多くのことを学びました。」


20代の頃から持っていた素材や産地への強い関心は、後に食材のつくり手である生産者への支援活動へとつながり、2010年には仲間のシェフ5 人とNPO法人「FUUDO」を設立しました。



米づくりから酒づくりまで

持続可能な生産と日本固有の食文化への想い

仕事を通じた出会いに触発されたこともあり、食材の中でも日本人のソウルフードである米には、労力を惜しまない取り組みを行なっています。


「店で使用する米をつくってもらっている新潟県南魚沼の田んぼの田植えや稲刈りの時期には、100人近くの若い人たちと一緒に作業を手伝いに行きます。」


さらに日本酒「かんだ撰 純米大吟醸酒」のプロデュースも行い、オンラインで販売しています。兵庫県で栽培された山田錦を50%まで贅沢に磨き上げ、醸成させた後に氷点下3度で一年間熟成。米の旨味を最大限に引き出した、料理とも相性のいい新しい純米大吟醸酒を生み出しました。


「純米大吟醸は素晴らしい酒です。日本酒のひとつの理想形でしょう。ただ管理や流通の事情ですぐに店頭に出されてしまう。残念ながら、作った直後のものを飲んでいることが多いのです。」


日本酒は寝かせると糖分が抜けて味が落ち着き、奥行きのある味わいになります。ですが、熟成期間中に酒の品質を保ちながら保存することは難しいと言います。

「さらに日本の酒税法は、仕入れのタイミングで税金を払わなければなりません。そのため、日本の酒屋はすぐに店頭に出してしまう。今まで日本酒を寝かせるためのシステムがなかったのです。そこで僕は五年ほど前に酒蔵と共同して、前払い制にし、酒屋に負担をかけない純米大吟醸を熟成させるためのシステムをつくりました。」


「かんだ撰 純米大吟醸酒」のラベルは神田さんの直筆で、徳島の阿波和紙を使用。鹿児島の伝統工芸品「白薩摩」の絵付け技術を駆使する「薩摩ボタン」の手法で製作したキャップや、阿波藍で染めた手ぬぐいで日本酒のボトルを包むなど、隅々まで神田さんの美意識が反映されています。


そして、新型コロナウイルスで外食産業が大きな打撃を受け、多様な食文化が失われることが懸念される昨今。流通や生産のシステムまで見据えた高い視座を持つ神田さんは、日本の食の資源を守ることの重要性を説きます。


「日本は海に囲まれた海洋国家で、食材は周りにありますから、他国に頼らず自国で完結するような生産の体制を検討するべきではないでしょうか。食料自給率を上げ、国内での生産の割合を増やすべきです。また、今までのように消費していれば、大切な資源が失われることになりかねません。海と山、畑のサステナビリティを考える時期だと感じています。」


生産地の未来までを見据えた構想は、食のプロフェッショナルである職人の強い信念と創造力をもって、着々と実現しつつありました。


「僕らはアーティストではない」職人の手から生み出される芸術性

神田さんの創造性は、やはり器の中で最上の輝きを見せます。こうした感性や発想力は、経験から培われた非常に感覚的なものだと言います。


「料理というのは、右手で食材を触ると、それが体の中のフィルターを通って、左手から出てくるようなものだと思っています。」


自然の色彩や旬を取り入れ、繊細な感性が求められる日本料理は芸術作品に例えられることも少なくありません。神田さんは自身の仕事についてこのように語ります。


「僕らはアーティストではなく、職人だと自負しています。ただ、多くの芸術が職人の手から生まれてきました。料理にも芸術性が宿ることがあります。僕自身も職人であろうと思っていますし、料理の味わいの中に芸術性が込められたらと思っています。」

そんな神田さんが異分野のトップランナーとコラボレーションして新境地に挑戦。現代美術家の杉本博司さんが建築を手がける新しい店づくりに取り組んでいます。


「杉本さんの感性はやはりアート畑のものですね。アーティストの世界観と僕の料理人としての世界観を融合させた、新しい空間を目指しています。」


世界に認められた料理人である神田さんが、「かんだ」を開店して約20年。もうすぐ還暦を迎える今も、「もっと自分の感性で自由に料理をしたいと思っています」と、創作意欲を覗かせます。


素材と真摯に向き合い、探究心を持ち続け、固定観念に囚われない柔軟な感性で料理と向き合う神田さん。美を器の中で結実させる和の職人の極意を垣間見ることができました。


虎ノ門ヒルズ「日本料理 かんだ」

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