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生命の根源を描くペインター加藤泉の比類なき独創の世界

1969年島根県生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。1998年頃から本格的に画家としてキャリアをスタートし、2007年にヴェネチアビエンナーレ国際美術展へ参加したことをきっかけに国際的な評価を獲得して国内外で活動する現代アーティスト加藤泉さん。幻想的な人物を主なモチーフとし、絵画のほか木や石、ソフトビニール、布などの素材を用いた多様な制作を行っています。今回は有機性と生命の根源を感じさせ、唯一無二の表現世界を誇る加藤さんの創作の源泉を探ります。

加藤泉

「描けばできた」

アーティストが本気で表現手段を模索するとき

海や山に囲まれた島根のまちに生まれ、幼少期はとにかく外で遊ぶことが大好きだったという加藤さん。「晴れた日には自然の中で遊んでいる子供でした。小さい頃から絵は得意でしたが、進んで描くことはありませんでしたね。」

活発な少年期を過ごした後、高校時代はサッカーに没頭。アーティストを目指すという明確な目的意識は持たずに武蔵野美術大学に入学し、在学中は音楽活動に打ち込みます。「美大に通っていたときはミュージシャンになりたいと思っていました。アートは描けばできたので、自ら伸ばそうとはしなかったのです。」


世界的アーティストとしての才能の片鱗を見せながらも、絵を描くことに情熱を傾けることはありませんでした。ですが30歳前後に転機が訪れます。自身がアートに強い関心を持っていることに気付き、自分なりの表現方法を模索するようになりました。加藤さんのミステリアスな人物像が生まれたのはそんな時でした。


「当初は今とまったく違う作風でした。動物をモチーフに描いたこともありました。ただ、動物は誰が描いてもかわいく描けるでしょう? ですが人間を描くことは難しい。人がモチーフの作品の評価も厳しいものです。僕はむしろ、その難解さに面白さを感じたのです。」

そうして加藤さんは独自の人物表現を確立し、制作範囲を広げていくようになります。


「無題」、2021年、キャンバスに油彩、53 x 145.5 cm Photo / Kei Okano, Courtesy of the artist ©2021Izumi Kato

逆境を乗り超えたアーティストこそが本物の表現者

山や海の中で少年期を過ごし、生命の根源を感じさせる作風から、創作のテーマも自然から選んでいるのかと思いきや、そうではないのだとか。


「僕の作品は原始的な力や自然観を指摘したいただくことが多いのですが、自覚的に自然から題材を選んでいるわけではありません。作品になりそうだと直感的にピンと来たものを具現化していく感じです。」


そんな加藤さんでも制作に行き詰まることは多いのだそう。


「スランプを乗り越えたときは暗いトンネルを抜けたような感覚があります。答えを得たというより、可能性の扉が開いた感じです。」

加藤さん曰く、逆境を乗り超えたアーティストとそうでないアーティストは、作品を見れば分かると言います。


「じつはスランプを越えられない作家の方が圧倒的に多いのです。」

スランプに陥ると枝葉を伸ばすように新しい表現に挑戦し、立ち塞がる壁を突破していった加藤さん。ただし表現の幅を広げるために、あえて意識的に行動を起こすことはないと言います。


「モチベーションが上がるものに着手していく感じです。面白いと感じる理由が分からないときに一番ワクワクしますね。だから新しいことを始めたら、分からないまま進めることが鉄則。なぜ自分が面白いと思うのかが分かった瞬間、関心は薄れてしまいます。そのとき、そのテーマでの創作はおしまいです。」

システマティックに独自の世界観を深化させることは難しい。感性を信じ、好奇心に従うアーティストの姿がそこにありました。


展示風景「Izumi Kato」、レッドブリックアートミュージアム、北京、中国、2018年 Photo/ Yu Xing & Li Yang, Courtesy of Red Brick Art Museum ©︎2018Izumi Kato

各地に由来する素材の個性からも着想を得ている

展示風景、パブリックアートプロジェクト、大館、香港、中国、2018年 Photo/ Yusuke Sato, Courtesy of the artist and Perrotin ©︎2018Izumi Kato

加藤さんは現在、東京と香港の二拠点で活動を展開しています。制作する環境からも着想を受けていると言います。


「香港で個展をしたときに作品を購入していただいた方のところへ納品に行くと、そこはオーシャンビューでとても美しい場所でした。今はそのビルの一角を借りてスタジオにしています。海外には日本では観たことのない風景がいろいろあります。アーティストとして大いに刺激を受けますね。」


国内外で展示を行う加藤さんに、これまでで一番印象に残っている会場を聞くと、北京のレッドブリック美術館だと教えてくれました。「広大なスペースがあり、ダイナミックなインスタレーションを展示することができました。中国は会場に作品をインストールするとき、たくさんの人員を使って一気に空間を変えていきます。中国ならではの力強さを感じました。」


加藤さんは国内外で高い評価を受けながら、「まだ世界的に注目されているような作家ではないです。」と謙遜します。海外で活動が長いからこそ、「甘い世界ではないと感じる」のだと言います。一方で海外での活動にアーティストとして可能性も感じているのだとか。今後のますますの躍進が期待されます。


展示風景、パブリックアートプロジェクト、大館、香港、中国、2018年 Photo/ Yusuke Sato, Courtesy of the artist and Perrotin ©︎2018Izumi Kato

アートが社会で担う役割

最後にアートの社会的な役割について想いを語っていただきました。


「アートは何かを説明する事には向いていません。ものを伝えるだけなら、人種や年齢を問わずに情報を伝達できるイラストや道路標識のほうが優れています。ですがアートの核心は真逆。作品に対峙することで何かを感じたり考えるきっかけにしてほしいのです。」


アートの解釈は百人百様。作家として創造の苦悩を経験しながらも、自由に鑑賞してほしいと話す懐の深さに、世界的アーティストの厚みが感じられました。一方でお話を伺ったアトリエはプラモデルや釣りのルアーなど加藤さんの趣味のもので溢れ、童心をくすぐる空間だったことが印象的でした。少年のような魅力を持った加藤泉の作品世界にますます引き込まれた時間でした。



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