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ブルゴーニュ、春の饗宴テロワールと記憶、そして分かち合い──第36回 ポレ・ド・プランタン

ブルゴーニュ地方の中心、コート=ドールに位置するムルソー。この地は、春になるとブドウの木が芽吹く豊かなテロワールであると同時に、村人たちの文化が力強く息づく場所でもある。この歴史ある村は、世界的に評価される白ワイン品種シャルドネの名産地であると同時に、古き良き建築、美しい手仕事による醸造文化、そして人の温もりを感じる空気感でも、多くの人々を惹きつけている。


@PAQUOT_PauléeDePrintemps_Meursault2025


2025年3月15日、ムルソーで開催されたのは第36回「ポレ・ド・プランタン」。GEN DE ARTはこの祝祭の現場を訪れ、ブルゴーニュを象徴する伝統が、いかにして地域の連携、美食の芸術、そして文化の継承という三つの柱のもとに進化を続けているのかを取材した。イベントの取材にあわせて、デニ・トマ市長と、中心メンバーであるワイン生産者ヴァンサン・ブーズロー氏、フィリップ・バロ氏にもお話を伺った。


素朴な収穫祭が村の誇りへ

「ポレ(Paulée)」という言葉は、「ポワレ(poêlée)」──つまり肉や魚のフライパン料理──に由来している。もともとは、収穫のあとにワイン生産者が労働者にふるまう食事のこと。働く者同士が労をねぎらい、喜びを分かち合う時間だった。


ムルソーでこの行事が「文化」としての形を帯びるようになったのは1923年のこと。当時の市長であり、著名なワイン生産者でもあったジュール・ラフォンが、35人の友人を招いて私的な晩餐会を開いたのが始まりだ。そのささやかな集まりが地元の熱意によって育まれ、やがて年間を通じた主要イベントの一つへと変貌を遂げた。


そして1986年には、ワイン造りの季節の節目に合わせて春のポレが誕生する。こうして「ポレ・ド・プランタン」は、秋のポレと並び立つ、季節を象徴する村の儀式となった。

「ポレは、私たちの『文化の実験室』なんです。伝統を尊びながら、地元の表現や挑戦にも開かれている」とトマ市長は語る。この祭りは、いまやムルソーという村の精神を象徴する存在と言える。


@PAQUOT_PauléeDePrintemps_Meursault2025


伝統三祭のひとつとして輝く、ムルソーの春の祝宴

ムルソーの「ポレ・ド・プランタン」は、ブルゴーニュを代表する伝統行事「三つの栄光(Trois Glorieuses)」の一つでもある。この「三つの栄光」は、ブルゴーニュの文化と誇りを象徴する三大イベントとして広く知られており、その内容は以下のとおりだ。


  • クロ・ド・ヴージョ城での晩餐会

  • オスピス・ド・ボーヌでのチャリティ・ワインオークション

  • そしてムルソーの「ポレ・ド・プランタン」


その中でも春のポレは、毎年ムルソーの村に人々を引き寄せる特別な宴だ。そんな歴史ある祝祭も、今年はいつもと少し異なるかたちで催された。2025年は、例年使用されるムルソー城が改修工事中だったため、ユベール・ルージョ体育館に変更されたのである。しかし、それによって祝祭の熱気が失われることはなかった。むしろ、村人たちの結束と創造力の豊かさが際立つ結果となった。地元のワイン生産者たちは、わずか三日間でこの体育館を、温もりあふれるレセプションホールへと見事に変貌させたのだ。


晩餐会の総監修は、ミシュラン2つ星の名シェフ、パトリック・アンリルー氏。そして今年の受賞者には、ボーヌの名店「Le Carmin」のシェフ、クリストフ・ケアン氏が選ばれた。「ブルゴーニュにおいて、どんな革新も、まずは大地と文化に根を張っていなければならない」。その言葉には、ブルゴーニュという土地が受け継いできた時間と誇りがにじんでいた。


@PAQUOT_PauléeDePrintemps_Meursault2025


この晩餐会の料理を担ったのは、「Maison Huez」。たとえば、ビーツの甘みとともに供されたホタテは、春の息吹を思わせるやさしいひと皿。続くのは、四川胡椒の香りがアクセントとなったパンデピスと、熟成の旨味が際立つエポワスを含むチーズの盛り合わせ。デザートを手がけたのは、洋菓子世界大会クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」で優勝経験を持つマリー・シモン。彼女がこの夜のために創り上げたのは、ブラッドオレンジの鮮やかな酸味と華やかさが光る一皿だった。

地元の恵みと職人たちの創意が出会い、この晩餐は一夜かぎりの詩となってテーブルを彩った。この夜は、国際的な批評家、美食メディア、地元の名士たちが一堂に会し、惜しみなく分かち合う空気に包まれていた。


ワインがめぐり、人がつながる──ポレの精神と哲学

「ポレ・ド・プランタン」の真髄は、何よりもその「巡り」にある。マグナムやジェロボアムのボトルがテーブルを渡り歩き、人から人へと自然に手渡されていく。誰かが立ち上がり、グラスを掲げると、あちこちで笑い声と歓声が湧き上がり、会話が交差する。「ラ・バン・ブルギニョン」の合唱が幾度となく響き渡り、会場はやがて笑顔と歌声に満ちた民衆の劇場と化していく。


@PAQUOT_PauléeDePrintemps_Meursault2025


「ポレは、感謝を込めた儀式。それを受け継ぎ続けていくことこそが、我々の存在証明なのです」。そう語ったのは、主催者のひとりであるヴァンサン・ブズロー氏。その思いを受け継ぐように、息子のルイ氏もこう続ける。「『伝える』とは、『土地を正しく翻訳すること』。ワインでそれを表現しているように、このイベントを通じて私たちもまた、同じことをしているのです」。


トマ市長もまた、「ポレ・ド・プランタン」のもうひとつの側面について語った。「ポレは、文化的な外交の場でもあります。ムルソーは高品質な観光地として知られていますが、今年の秋には日本を訪れ、私たちの村の魅力を世界へ広める予定です」。


一本のボトルが、世界をつなぐ

「ワインが魂に注がれるとき、世界はなんと親しみやすく見えることだろう」

この言葉は、今年のメニュー表紙に記された一文だ。「ポレ・ド・プランタン」は単なる祝祭ではない。それは、ブルゴーニュの精神の真髄であり、ムルソーという村がどれほど真摯に大地と向き合い、他者を迎え入れているかを体現する営みである。


@PAQUOT_PauléeDePrintemps_Meursault2025


2025年11月、オスピス・ド・ボーヌのワインオークションにあわせて開催される「ポレ・ドートンヌ」でも、GEN DE ARTは再びその現場を訪れ、土地と分かち合いの物語を、これからも追い続けていく。

 
 

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