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Pace 東京における長谷川祐子のキュレーションをめぐって

  • 5 days ago
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Robert Nava, Song of Armor, 2025 © Robert Nava, courtesy Pace Gallery
Robert Nava, Song of Armor, 2025 © Robert Nava, courtesy Pace Gallery

現代美術が国境を越えて流通する一方で、キュレーションにはしばしば「説明」や「整理」が求められる。しかし、1月30日に Pace 東京で行われたトークは、そうした期待とは少し距離を取るものであった。

当日は、ブラジル美術に深い知見を持つキュレーター/美術批評家の長谷川祐子と、文化研究者のPedro Erberの二名が登壇した。議論は単純な比較ではなく、芸術的感性がどのように経験の中で形成されるのかへと向けられていた。

長谷川は、日本とブラジルを並列的な美術史としてではなく、それぞれ異なる条件と速度のもとで近代と向き合ってきた場所として捉える。そこで共有されるのは様式や思想ではなく、時間への感覚、身体の存在、そして「見る」という行為そのものへの意識であるという。彼女の語りは、作品を過度に意味づけるのではなく、開かれた状態のまま提示するという一貫したキュレーションの姿勢を示していた。


会期を終えたトミエ・オオタケとマリーナ・ペレス・シマオの展覧会は、トークの中で絵画と越境的対話を考える文脈として言及された。日本に生まれブラジルで活動したオオタケの抽象は、強い身振りを伴わず、色彩と形の微細な変化を積み重ねることで成立している。そこには主張よりも持続があり、時間と向き合う静かな態度が感じられる。


一方、マリーナ・ペレス・シマオの絵画は、身体の動きや接触をより直接的に画面に刻む。両者の実践は系譜的に結びつけられるのではなく、それぞれ固有のリズムと密度を保つものとして語られた。


また、ロバート・ナヴァの展示についても言及された。表現は大きく異なるものの、絵画を身体的かつエネルギーを伴う行為として捉える点において共通する関心があると示された。これらの言及は、Pace 東京が絵画の現在性をめぐる継続的な探究を行っていることを示唆している。なお、長谷川祐子はこれらの展覧会のキュレーションには関わっていない。


今回のトークが示したのは、結論を急がない姿勢である。違いや距離をそのまま可視化し、意味を固定しないこと。それはキュレーションを「注意深く見ること」の実践として捉える態度であり、時間や距離、そして鑑賞者自身のまなざしを尊重する姿勢であった。

 


【展覧会概要】

Robert Nava: Supercharger

ロバート・ナヴァ: スーパーチャージャー

会期:2月19日(木)〜4月1日(水)

会場:東京都港区虎ノ門 5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザ  A1 - 2階

 
 

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