国境を越えて——リンダウで新たな平和への決意を示したノーベル・コミュニティ
- 10 時間前
- 読了時間: 5分
文・Olivia Matsumoto
2026年6月28日から7月3日にかけて、ドイツ・リンダウで第75回リンダウ・ノーベル賞受賞者会議(Lindau Nobel Laureate Meeting)が開催された。今年のテーマ「Science Transcending Borders(国境を越える科学)」のもと、70名を超えるノーベル賞受賞者と、およそ100の国・地域から集まった約600名の若手研究者が一堂に会し、科学研究や国際協力に加え、相互に結びつきを強める現代社会における科学者の責任について議論を交わした。
開会式では、リンダウ・ノーベル賞受賞者会議評議会会長のベッティーナ・ベルナドッテ伯爵夫人が挨拶を行い、ドイツ連邦政府や国際的な学術コミュニティの代表者らも出席した。

世代を超えた科学交流の場として知られる本会議だが、そのなかでも特に注目を集めたのが、科学者が地政学的緊張の高まる時代にいかなる責任を担うべきかを問い直すフォーラムである。
6月30日に開催された「Follow-up on the Mainau Declaration 2024: The Threat of Nuclear War」では、ノーベル賞受賞者と若手研究者が、核リスク、人工知能(AI)、国際安全保障、そして人類の未来を守るうえで科学者が果たすべき役割について議論した。
GEN DE ARTにとって、このテーマはこれまで継続して取材してきたノーベル・コミュニティにおける平和への取り組みの延長線上にあるものである。2024年12月、本誌はノルウェー・オスロでノーベル平和賞授賞式を取材し、日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)が2024年ノーベル平和賞を受賞した様子を報じた。それから18か月後、リンダウで交わされた議論は、平和、核兵器、そして地球規模の責任という課題が、いまなお国際的な科学コミュニティにとって重要なテーマであり続けていることを改めて示した。

1955年のマイナウ宣言から現在へ
フォーラムは、マイナウ宣言の歴史を振り返ることから始まった。
1955年、核時代の幕開けを迎えるなか、オットー・ハーン、ヴェルナー・ハイゼンベルク、マックス・ボルンを含む18名のノーベル賞受賞者がマイナウ島で宣言を発表し、各国に対して平和的な紛争解決を呼びかけるとともに、核戦争がもたらす壊滅的な結果について警鐘を鳴らした。
それから約70年後、地政学的緊張が再び高まるなかで、ノーベル賞受賞者らは2024年に新たなマイナウ宣言を発表し、核リスクの低減、国際対話の強化、そして科学技術の責任ある利用を改めて訴えた。2026年のリンダウでの議論は、この長年にわたる理念が現在も受け継がれていることを示している。
2004年ノーベル物理学賞受賞者のデイヴィッド・J・グロスは、冷戦以降の核軍備管理の歩みを振り返った。国際条約によって世界の核兵器保有数は大幅に削減された一方、近年の地政学的変化によって不確実性が再び高まっていると指摘した。また、若い世代を含む科学者は、自らの研究だけでなく、それが社会や国際安全保障に及ぼす影響についても理解する必要があると強調した。

科学の進歩と人間の責任
2014年ノーベル化学賞受賞者のウィリアム・E・モーナーは、2025年にシカゴで開催された「Nobel Laureate Assembly for the Prevention of Nuclear War」での議論を紹介した。
その主要な提言の一つが、「Meaningful Human Control(実効的な人間による統制)」という考え方である。人工知能が軍事・安全保障分野へ急速に導入されるなか、核兵器に関わる意思決定は常に人間の実質的な判断のもとで行われなければならないとモーナーは述べた。AIは運用効率を高めることはできても、人間の判断、倫理的責任、そして説明責任を代替することはできないという。
2011年ノーベル物理学賞受賞者のブライアン・P・シュミットは、会場に集まった約600名の若手研究者へと議論の焦点を移した。明確な答えを提示するのではなく、「今日の世代は核戦争のリスク低減にどのように貢献できるのか」という問いを参加者に投げかけたのである。
会期中、異なる分野や国・地域から集まった若手研究者たちは、それぞれの提案やアイデアを共有するよう促された。シュミットは、ノーベル賞受賞者は経験や歴史的視点を伝えることはできるが、持続的な解決策は、急速に変化する地政学的・技術的環境のなかで育つ若い世代からも生まれなければならないと語った。

レイ・マクグラス――平和は理解から始まる
フォーラム終了後、GEN DE ARTは、1997年ノーベル平和賞を共同受賞した国際地雷禁止キャンペーン(ICBL)の共同設立者であり、英国の人道活動家であるレイ・マクグラスにインタビューを行った。
マクグラスは、「意味のある行動は、主張ではなく理解から始まる」と語る。若い世代はまず、戦争、核兵器、人道法、国際安全保障について十分な知識を身につけたうえで社会に働きかけるべきだと述べ、建設的な対話はスローガンではなく、知識に基づいてこそ成り立つと強調した。
さらに彼は、「各国政府が平和を語り続けているにもかかわらず、なぜ世界の兵器生産と輸出は拡大し続けているのか」と問いかけた。若い世代にとっては、答えを示すことだけでなく、十分な知識に裏打ちされた問いを発することも同じくらい重要なのかもしれない。

続いていく対話
ノーベル平和賞とリンダウ・ノーベル賞受賞者会議は、それぞれ異なる役割を担っている。一方は平和への顕著な貢献を顕彰し、もう一方は世代を超えた科学交流を促進する場である。しかし、そのいずれもが、それぞれの分野を超えた普遍的な課題に向き合い続けている。
オスロでは、日本被団協が被爆者の体験を通して核兵器がもたらす人間的な被害を世界へ伝えた。一方リンダウでは、科学の進歩、新興技術、そして国際協力が、将来の世界の安全保障をいかに形づくるかについて議論が重ねられた。
こうした対話が示しているのは、平和とは外交や政治だけの問題ではないということである。それは科学者の責任、技術の発展、そして未来を担う世代の選択とも深く結びついている。
第75回という節目を迎えたリンダウ・ノーベル賞受賞者会議を通じて、改めて浮かび上がったのは一つのメッセージだった。科学の進歩だけでは人類の未来を守ることはできない。その進歩は常に、人間の責任によって導かれてこそ真の価値を持つのである。