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日本画家の大家平松礼二半世紀以上におよぶ画業を聞く

1941年東京生まれ。53歳のときにフランス印象派の大家クロード・モネの『睡蓮』に感銘を受けて以来、日本の浮世絵や文化に影響を受けた印象派の画家に着目。2020年にはジャポニズム研究の集大成となる『睡蓮交響曲』を発表しました。フランスのジヴェルニー公立印象派美術館やドイツのベルリン国立アジア美術館などでも展覧会を行い、国内のみならず欧米からも高い評価を受ける日本画壇の重鎮、平松礼二さんにこれまでの作家の歩みについて伺いました。

日本画家 平松礼二

平松礼二の色彩と作風の変遷を辿る

華やかな色彩と大胆な構図で魅了する平松さんの絵画世界。半世紀以上にわたる画業の中で作風は変遷を遂げていきました。そんな平松さんが色に魅了されたのは、15歳のときだったと言います。


「当時住んでいた愛知県名古屋市の近くには、日本六古窯のひとつである瀬戸窯があって、高校時代はよくその近くでスケッチをしていました。」


そこで陶芸家が失敗作として割った陶磁器の破片の色に魅了されます。


「呉須(ごす)の青に、たまらない美しさを感じました。夢中でいくつもポケットに入れ、持ち帰って眺めているうちにその色が持つ世界観にどんどんと引き寄せられていったことを覚えています。」


平松さんが20代30代の頃は、作品にグレーやプルシャンブルーなど、黒を基準とした深い色を好んで使っていましたが、徐々に色数は増えていきました。大きな変化が訪れたのは50歳の時。フランスのシャンゼリゼ通りにあったギャラリーでの個展のために初めて渡仏し、このときにパリで感じた彩りが絵の中に加わり作品は華やかに変貌していったと言います。

池に金色の雲映る

Artist/ Reiji Hiramatsu

Gen de Art Issue 7 cover


日本画家の感性を揺さぶった、

印象派の作品とジャポニズムの魅力

平松さんがモネの作品と出会ったのは、個展でフランスを訪れた時でした。ホテルの近くにある公園を散歩していて立ち寄ったオランジュリー美術館に、全長91メートルにもなるモネの大作『睡蓮』が展示されていました。平松さんは同じ画家として衝撃を受け、震えを感じるほど感動したと言います。


「モネの『睡蓮』が展示されているオランジュリー美術館の特別室は楕円形をしていて、壁を囲むように同じ高さのキャンバスがぐるりと展示されています。それを見た僕は屏風と錯覚し、『なぜ西洋の印象派の画家が屏風を描いたのだろう』と不思議に思ったのです。」


この出会いをきっかけに、フランス印象派とジャポニズムの研究が平松さんのライフワークとなりました。

「西洋の名だたる作家たちがなぜ、訪れたこともないような日本の美を競い合うようにして求めたのか。インスピレーションを得られたからです。また、日本人の僕がそうして生まれた作品たちに恋をし、ジャポニズムの源泉を求めてパリに向かいました。」「時が流れて、また別の画家が僕の絵画からインスピレーションを受けて、美をつないでいく。画家が恋をし合っていくような連鎖が続けば、美が枯れることはありませんよね。」


パリに通うようになった平松さんは印象派の画家の軌跡を辿り、当時の西洋画家の心境を日本画家の視点から探りました。30年以上続く平松さんの研究はフランスでも認められ、2018年にはモネが終焉の地としたフランスのジヴェルニーにあるジヴェルニー印象派美術館でジャポニズムをテーマにした展覧会を開催。2021年にはフランス共和国芸術文化勲章(シュヴァリエ)を受章しました。


「時間や彼らの生き方までもが描き込まれた印象派の作品は、本当に素晴らしい。肌に触れる空気、寒さによる凍え、鳥のさえずりも感じながら描いています。東洋では月を最上の美としますが、西洋では太陽の光を意識して表現します。自分にはこのリアリズムが足りなかったと思いました。」


平松さんの独自の芸術世界を構成する光と色彩は、ジャポニズムに対する深い考察と印象派作品への敬意に育まれ、輝きを放っています。


モネの池夏から秋への頃 六曲一双屏風 左隻

Artist/ Reiji Hiramatsu

睡蓮さくら協奏曲 六曲一隻屏風

Artist/ Reiji Hiramatsu

ジヴェルニー池の反映 秋 六曲一隻屏風

Artist/ Reiji Hiramatsu


日本画の遊び心と装飾性と様式美の

奥深さ再構築して新しい境地へ

西洋画に限らず、画材についても「まだまだ研究が足りない」と話す平松さん。岩彩、コラージュ、墨などの多彩な技法を駆使して実験的な試みを行いながら、数多くの作品を制作してきました。


「日本画の画材は素晴らしいものです。顔料の種類は豊富で、筆にも多くの種類があります。発色の違いが出せる描写の仕方など、技法もさまざまあるのです。東洋画から独立して発展した日本画が、西洋の巨匠たちを魅了するまでになったのは、日本人が繊細な手仕事に向いているからです。」

多彩な画材や技法を通して日本画の再構築を行い、革新的な作品を生み出す平松さん。そんな日本画家の大家が最も信頼を寄せるのは、連れ添って55年になる妻だと言います。


「僕の作品の出来が良いと、妻は微笑んで作品を眺めていますが、出来が良くないと、ツンとして作品の前を通り過ぎていってしまいます。彼女は僕の相棒であり、偉大な審査員なんです」と、優しく温かな表情で語った平松さん。


ジャポニズム研究を通して、日本画の遊び心、装飾性、様式美の奥深さを再確認し、独自の世界観を打ち出している作家の歩みは、温和な語り口からは想像できないほど力強いものでした。





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