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柏屋 – 茶の湯の世界で知った日本文化の美しさを料理で表現したい

松尾英明 - 大阪生まれ。関西学院大学理学部物理学科卒業。滋賀県の名料亭『招福楼』で修業後、家業の日本料理店『柏屋』に戻り1992年に料理長に就任。2011年から2021年まで11年連続ミシュランガイドの三つ星評価。2015年には香港の中環(セントラル)に『柏屋 香港』をオープン。「ル・レ・エシャトー」会員。農林水産大臣より「料理マスターズ」のブロンズ賞、シルバー賞を受賞。



まず松尾さんが日本料理の料理人を目指そうと思ったきっかけを教えていただけますか。

 料理人を一生の仕事として選んだのは、20歳の時に茶の湯と出会ったのがきっかけです。お茶というのはただ一服のお茶でお客様をもてなすために、様々な道具類、部屋の設え、書などの装飾や茶室の建築、作庭にいたるまですべてに亭主の心尽しがなされています。この茶の世界観を日本料理の世界で表現したいと、料理の道に入りました。


経歴を拝見しますと理学部物理学科のご卒業ですが﹑理系の知識を料理に応用していらっしゃる点はありますでしょうか。

 物理という学問は自然界で起こることを人間が理解できる言語、つまり論理的な説明を用いて書き起こす学問なんですね。日本料理も四季折々に目の前で起こる自然界の季節の変化を、料理という形をもって表現するということなのです。表現方法は違いますが、自然への視点という意味では共通するところがあって、物理学の知識が生かされているような気がしますね。


手法は違っても﹑自然界で起こることを書き起こす﹑つまり表現するという点で共通しているというのは﹑実に興味深いご意見ですね。海外の読者に向けて﹑日本料理をいただく中で﹑どのように日本の伝統文化を体験できるのかを教えてください。

 私共のお店では、お客様にそれぞれ個室をご用意します。ご予約の際に目的をお伺いして、お料理はもちろんそのお客様のためだけに時間と空間をプロデュースするのが、柏屋という料亭の仕事だと考えています。床の間に飾る絵や書、陶芸などの設えで、食事をしながら日本の伝統文化を楽しんでいただけるでしょう。


世界の一流ホテルとレストランの国際連盟「ルレ・エ・シャトー」に加盟した感想を教えてください。

 入会してから10年ほどになりますね。ヨーロッパのシェフたちがどのように仕事をしているか、直接会って聞いてみたいと思い加盟したのです。連盟に加盟しているレストランやホテル同士で、コラボイベントの誘いが直接メールで送り合える仕組みがあります。私もヨーロッパ、アメリカ、アジアなど10か国ぐらい行きました。私が料理人になったのは1986年なのですが、当時はポール・ボキューズやアラン・シェペルが世界中の料理に影響を与えていました。そういった著名シェフに会うことができたのは、私にとっては素晴らしい経験です。「ルレ・エ・シャトー」に入った一番の収穫でありご褒美だったと思います。


それは本当に素晴らしいですね︒世界といえば﹑2013年に和食がユネスコの世界無形文化遺産に登録されました。日本の食文化の価値が世界に認められたと思います。

 コラボイベントなどで世界の色々な国の食事情を垣間見ましたが、まず日本ほど世界各国の料理を高いクオリティで味わえる国はなかなかないと思います。カジュアルな店からハイエンドな店までグレードは色々ですが、それぞれに高いクオリティでまとまった仕事をしていると思うんですね。


 お店だけでなく、生産者も、例えば野菜も一番美味しい旬の時に市場に出荷する。外国だとまだ未熟だったり育ちすぎだったりするものが市場に出ていたりするのですが、日本ではそういうことがあまりなくて、一定の品質の野菜が流通している。流通する食材の質が高いのも、日本の食のレベルの高さを支えているのだと思います。


お店だけでなく﹑生産者のレベルの高さが日本の食のレベルを支えているということですね。お店では﹑オーナーとして従業員の方々のモチベーション維持にどう取り組んでいらっしゃいますか。

 うちの大阪の店はお座敷と調理場が別で、料理人はお客様と直接顔を合わせることはありません。サービススタッフとのチームワークが重要で、お客様に喜んでいただくためには気持ちを一つにしなければならないし、チームワークを保つことが一番重要だと思います。また日本料理人を志す人が減少しています。これは日本食文化より西洋食文化に魅力を感じている点もありますが、私たちが働く環境を整え、魅力ある職場を作り出さなければと考えています。



最後に読者に伝えたいことや﹑これからの抱負をお願いします。

 国連の「持続可能な17の開発目標(SDGs)」の中にもある海洋資源の利用について、「ルレ・エ・シャトー」からも、「日本はあまりにも無頓着すぎるのではないか」という厳しい意見をもらっています。世界の海洋資源の状況は厳しいものになってきているので、海洋資源が豊富な島国日本の私たちもそのことをまず知るべきだと思いますね。


 また、日本人は魚は天然物がいいという意識が強いのですが、野菜のように◯◯さんが育てた魚は美味しい、そしてそれを納得する形の料理で提供できれば、日本人の意識も次第に変わっていくのではと思います。私は大阪エリアの日本料理の仲間を集めて勉強会を始めています。日本でも海洋資源問題に取り組もうとしている人もいることを、ヨーロッパの人たちにも分かって欲しいと思います。


茶の湯を学び始めたことにより﹑茶の湯はまさに和の文化の象徴であると気がついた松尾さん。それを日本料理で表現しようと料理人の道を歩み始めたというストーリーは﹑まるで和歌のような流れの美しさだと感嘆した。同業者である世界の一流シェフとの交流﹑若い後輩の育成など、周りの人との繋がりを大切にしている。さらに海洋資源の問題やコロナ禍問題など﹑社会問題への発信も行う料理人の域を超えた活動により﹑多くの人との長い信頼関係を築いているのだと思う。

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