速度の先へ──空間、快適性、そして海とのつながりをデザインする
Francesco Paszkowskiが語るBaglietto FAST50のデザイン哲学
取材・文 Olivia Matsumoto
2026年のMonaco Yacht Showで、BagliettoはFAST50の第1号艇を世界初公開した。全長49.9メートル、全アルミニウム製、499GT。巡航速度24ノット、最高速度30ノットを実現する。エクステリアとインテリアはFrancesco Paszkowski Designが手がけ、インテリアにはMargherita Caspriniが参加。船舶設計はPier Luigi Ausonioが担当した。数値だけを見れば、高性能艇としての輪郭は明快だ。しかし、実際に船内を歩くと、このヨットの本質は速度そのものではないことが見えてくる。

FAST50には、意図的に異なる性格が同居している。岸壁から見る外観は鋭く力強い。一方、船内には落ち着きと柔らかさがある。高速航行を前提としながら、空間は会話、日陰、屋外での食事、水平線を眺める時間、そして室内から海へと移る身体の感覚を中心に組み立てられている。船上で行ったインタビューでPaszkowskiは、この対比をBagliettoとの30年以上にわたる関係、Margherita Caspriniとの長年の協働、そして彼が特別な思いを寄せる日本文化へと結びつけて語った。
ひとつのヨットに宿る二つの性格
FAST50は、エンジンを始動する前から速さを感じさせる。低く引き締まったプロファイルと緊張感のある外形は、明確にパフォーマンスを意識したものだ。ところが船内に入ると、印象は反転する。グレーと白を基調にブラウンを差し込み、大きな布張りの家具が外観の鋭さを和らげる。床から天井までのガラスが自然光を取り込み、主サロンには静けさが生まれる。Paszkowskiは、Margherita Caspriniと共有する考え方を「モダンだが、ミニマルではない。モダン・コンテンポラリー」と表現した。新しさを保ちながら、冷たさには向かわないという姿勢である。
二人は約20年にわたり協働しているが、役割は同一ではない。Paszkowskiによれば、Caspriniはクライアントとともにファブリック、椅子張り、カーテンなど、触覚や雰囲気を決める選択を細かく詰めていく。一方、Paszkowskiはレイアウト、空間の関係、建築的なライン、サロンの棚や縦方向のリズムといった構成を主に見る。FAST50の洗練は、ひとつの装飾的な見せ場から生まれるのではなく、構造、色、素材感、プロポーションを細かく調整した結果として成立している。

デザインの参照点としての日本刀
力強い外観と穏やかな内装をどのようにつないだのかと尋ねると、Paszkowskiは一般的なヨットデザインの話から離れ、すぐに日本について語り始めた。「私は日本が大好きなんです」。彼がエクステリアの参照点として挙げたのは日本刀だった。日本刀は、彼にとって力、精度、歴史を象徴する。1854年創業のBagliettoが持つ長い時間の蓄積とも重なるという。もちろん、日本的な意匠をそのまま引用しているわけではない。重要なのは、一本の線に宿る緊張感と、抑制された力の表現である。
興味深いのは、日本から受け取ったものとして、彼が正反対に見える言葉も挙げたことだ。「私にとって“soft”という感覚は、日本文化から学んだものです」。物と空間、そしてそこにいる人との調和。深い色と赤の対比。日本のものづくりが持つ規律。フィレンツェのオフィスには本物の武具を置き、特に兜のつくりに強く惹かれているという。FAST50における日本の影響は、表面的なモチーフではなく、鋭さと柔らかさ、力と静けさ、歴史と現代性を同時に成立させる考え方として現れている。
世界に通じるイタリアンデザイン
Paszkowskiはイタリアンデザインの伝統に誇りを持つ一方、今日のイタリアンスタイルが限られた国内的な記号だけで成立するとは考えていない。「現代のイタリアンスタイルは、世界のどこでもコンテンポラリーでなければならない」。スーパーヨットはイタリアで構想されても、実際に使うオーナーの文化、習慣、価値観は多様である。したがって、国際性は見た目の中立化ではなく、異なる背景を持つ人々にも自然に理解される空間をつくることだと捉えている。
その視点は長いキャリアの中で培われてきた。PaszkowskiはSpadolini Designでの経験を経て、アテネとシンガポールを行き来しながら仕事をした後、1990年にフィレンツェで自身のスタジオを設立した。Bagliettoとの最初の29メートルのオープンヨットは1992年にさかのぼり、その後、スタジオは世界を代表する著名な造船所とも協働を重ねてきた。これまで何艇を手がけたのかという問いに、本人は正確に数えたことがないと笑い、「100艇は確実に超えている」と答えた。彼にとって重要なのは数ではなく、経験を反復の型にせず、新しい語彙へと変えていくことである。
Courtesy at Baglietto
海がインテリアの一部になるまで
インタビューで最も強く語られた建築的なテーマは、速度ではなく海だった。Paszkowskiが仕事を始めた頃、ヨットの内部は外界から守られた閉じた空間として考えられることが多く、海との視覚的、身体的な関係は限られていたという。「海の真ん中に船があるのに、海とのつながりがなかった」。その状況を変えるため、2000年代半ばにはバルコニー、大きな開口部、床から天井までのガラスなどを用い、船内から海を感じられる構成に取り組み始めた。現在では一般的になった考え方だが、当時はまだ新しい試みだった。
FAST50では、その発想が複数の場所で具体化されている。主サロンの大きなガラスは視線を船体の外へ伸ばし、アッパーデッキのサロンは三方向のガラスパネルを開くことで、閉じた室内からベランダのような空間へと変わる。船尾では折り下げ式のブルワークがビーチエリアを広げ、水面との距離を縮める。ただしPaszkowskiは、現在の開放性には日差しと風の制御が欠かせないとも話した。強い太陽の下で、ただ屋根をなくすのではなく、日陰を確保しながら風を通し、自然との関係を保つ。その調整こそが、現代の屋外空間に求められる設計だという。
Courtesy at Baglietto
速度だけではなく、快適性と海とのつながりへ
Bagliettoにとって高速艇は新しい領域ではない。1988年に進水した26メートルのChatoは、最高速度60ノットを記録している。Paszkowskiは、こうした過去の高速艇と現在を比較し、設計上の課題そのものが変わったと語った。かつては「速さ」が中心的な挑戦になり得た。現在は、速度、快適性、海とのつながりという三つの条件を同時に成立させなければならない。
FAST50は、その複雑な条件を船体全体で解こうとしている。高速航行を可能にするアルミニウム製のプラニングハルを持ちながら、船幅は9メートルあり、フルビームのオーナーズスイートに加えて4室のゲストキャビンを備える。さらに、従来の高速艇では確保しにくかった規模のサンデッキも設けられた。実際に船内を歩くと、30ノットという性能と、50メートル級のヨットに求められる広さ、プライバシー、動線が同じ船の中に共存していることが分かる。外観では速度が見え、内部では快適性が体験として現れる。
ラグジュアリーはプロポーションから生まれる
主サロンにフォーマルなダイニングテーブルが置かれていないことも、FAST50の考え方をよく示している。室内は大きなソファと会話のための空間に重点を置き、食事はより海に近い外部空間へ移された。Paszkowskiはその背景として、現代の家具そのものが大きくなっていることを挙げた。快適性を求めてソファが深くなれば、その周囲にも十分な余白が必要になる。従来のサロンとダイニングを一室に収める方法をそのまま続ければ、空間の均衡が崩れてしまう。家具の寸法の変化が、ヨット全体のレイアウトを変えているのである。
目に見えない部分にも、同じ精度がある。ロワーデッキではアートワークの背後にクルー専用通路が隠され、サービスや技術エリアへの移動がゲストの動線と交差しない。パントリーには上階とつながる小型リフトがあり、ギャレーには十分な収納が確保され、ワイン専用の保管スペースも設けられている。こうした要素は写真の主役にはなりにくいが、装飾と設計の違いを明確にする。ラグジュアリーは、見えるものの美しさだけでなく、見えない運用がどれほど静かに整えられているかによっても決まる。

「Bagliettoは私の心の一部」
PaszkowskiとBagliettoの関係は長い。協働は1992年に始まり、30年以上を経た現在、彼はそれを単なる仕事上の関係として語らない。「Bagliettoは私の心の一部です」。長い時間を共有したことで、造船所とデザイナーの間には説明しなくても理解できる領域が増える。一方で、関係が長いほど、成功した表現を繰り返してしまう危険も大きくなる。継続性を守りながら、既視感に陥らないことが次の課題になる。
その問いに対する彼の答えは明快だ。「新しいプロジェクトは、毎回新しい出発です」。過去の仕事は経験として残すが、テンプレートにはしない。「学ぶことは終わりません。私もまだ学んでいます」。そして、新しいものを設計し続ける理由について、自分が「まだ若いかどうかを確かめたい」と冗談めかして付け加えた。軽やかな言葉だが、長いキャリアを支える姿勢がよく表れている。評価を積み重ねること以上に、受け取り続ける感覚を失わないことが重要なのだ。
選ばなかった「ひとつのディテール」
インタビューの最後に、FAST50の中で自身のデザイン哲学を最もよく表すディテールを一つ選ぶとしたら何か、と尋ねた。Paszkowskiは一つを選ばなかった。それは答えを避けたのではなく、むしろそれまでの話と完全に一致していた。すべてのプロジェクトを新しい出発と考えるなら、特定の曲線、素材、窓、装飾的な署名だけで自分の仕事を定義することはできない。
その拒否によって、FAST50の位置づけはかえって明確になる。30年以上の経験は随所に蓄積されているが、過去の総集編としてつくられたヨットではない。外観には速度と歴史を圧縮した緊張感があり、内部には光、快適性、海へと開く余白がある。さらに、日常の運用を支えるサービス動線や設備が、表に出ることなく整えられている。Paszkowskiにとって日本刀は力と歴史の参照点であり、日本文化からは柔らかさと調和を学んだという。その二つの間にあるのは、物を増やすことで示す豪華さではない。人、空間、自然、動きの関係をどこまで精密に整えられるか。FAST50は、現代のラグジュアリーをその問いとして提示している。